人は立ち位置によってこの言葉を使い分けているように感じます。代表的なのはお金です。例えば飲み会の会費で五千円だとしても、出す時は『5000円も』と感じ、出してもらう時は 『5000円しか』 となることが多いと感じています。少額でもお小遣いやお年玉、高額ですが給与や賞与でも同じで、もらう方は 『~しか』 で、払う方は 『~も』 と感じることが多いのではないでしょうか。私は立場上、出すことはあっても出してもらうことはほとんどありませんし、サラリーマンの時も年下の分は必ず自分で出していたので後者の気持ちはあまり経験していません。それゆえたまに年配者が御馳走してくれた時には、金額の多寡にかかわらず感謝の念しかありませんし、次にお会いした時は当たり前ですが必ずお礼を言い、別の形で返すことにしています。でも自分の子供達を見ていても、『~も』とは言いません。いつも『~しか』と感じていますし、口に出すこともしばしばです。そして後でお礼を言うことも、別の形で返してくれることもほぼありません。当たり前だと思っているのでしょう。感謝の気持ちが足りませんね。私の教育がよくなかったのかもしれませんが、子供達と同様社内でも同様な反応をよく見かけます。御馳走してもお礼はその場限りが多いです。出してもらうことが当たり前のように感じているのでしょうね。人の考え方ですから致し方ないことですが、とても残念なことですし、寂しい限りです。皆さんはこの話を読まれてどうお感じになるでしょうか?